本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

創価学会と私 11

 私が創価大学を留年して、中退したのは、希望したゼミに入れなかったからというのもあるが、いちばんの理由は、酷い対人恐怖症になったからだった。

 本当は、2年生以降も白萩寮に残りたかったんだけど、ひまわり委員たちによる適正試験(面接と作文)をパスできなかった私は、大学から徒歩5分くらいの学生専用のアパートに住むことになった。アパートを出るとすぐ大学まで続く桜並木があるし、家賃も安くて大家さんも親切だし、いい学生生活が送れると思っていたのだが、私の部屋の隣が、男子学生の部屋で、私は、彼とその友人たちに毎日苦しめられることになった。

 創価学会の女子部や女子学生部は、安全のことを考えて、夜の会合の後は22時までに家に帰ろうということになっている。ところが、男子部や男子学生部にはこういう決まりがないらしく、毎日、深夜を過ぎても会合をしていることが多いらしい。

 私の隣の部屋の住人も、夜中の2時くらいに学会歌を歌いながら帰宅してきたり、そのま大声で勤行唱題をしたり、その部屋に集まった男子学生たちの声がずっとうるさいので、朝は6時には起きてお弁当を作り大学へゆき、講義の後は2軒の歯科医院を掛け持ちしてアルバイトをし、帰宅して勉強し、家事をして、なるべく日付が変わるまでには寝るという規則正しい生活をしてた私は、だんだん、睡眠不足になり、発狂した。

 気づくと、完全に昼夜逆転した生活になり、人の声や足音に恐怖を感じるようになり、外出は、隣人たちがうるさい夜中に帽子を目深に被りマスクをつけた状態でしかできなくなり、だんだん、大学へもゆけなくなった。

 その時に、精神科や心療内科を受診できてればよかったと思うのだけど、当時はまだ、自分が病んでしまったことをちゃんと受け止められなくて、病院にゆこうという考えにならなかった。

 男子学生部が非常識な活動をしているのは1年生の時から気づいてはいたけど、こんなに近隣住民に迷惑をかけていたということは、寮の外に出て初めてわかったことだった。こんな学会員を見てるから、アンチ創価学会の人もいるんだよ……と、情けなく思った。