本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

笹井宏之賞応募作「九月十六日」

 結果的には箸にも棒にも引っ掛からなかったんだけど、ちょうど半年前の出来事を衝動に突き動かされたまま詠んだ連作です。
 最初は、これを推敲し直して他の賞に出すことも考えたりもしたんだけど、やはり、賞には新作を出したいという気持ちもあるし、粗削りだけど、この連作を作った時の気持ちはずっと忘れないようにしなきゃいけないと思ったので、そのまま載せます。

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  九月十六日

              澪那本気子
      

「昼間からひきこもる人は死刑」だと君の言葉が呪いをかける

うつ病でひきこもってた六年を君は知っててくれていたのに

ああそうか君が私を振ったのは生きる価値さえなかったからか

心から君が私を憎んでも死んでしまえば永遠になる

命日は君の誕生日にします年に一度は思い出してね

本好きな君に最後のプレゼント ブックカバーと一通の遺書

少しでも安らかな死を迎えたい残りの日々を楽しみ尽くす
 
死にたさを否定しないでいてくれる友人たちに感謝している

君からの連絡をずっと待っている死ぬ直前までずっと待ってる

わかってはいたけど振った女など死のうが君は気にしないよね

あるだけの睡眠薬を全部飲もう深い眠りの中で死にたい

ドンドンドン!ドンドンドン!と玄関のドアを何度もノックする音

制服の警察官が「何故来たかわかりますか」と質問をする

自殺することを肯定してくれた友人からの通報だった

何故死にたかったか訊き出そうとする警察官に抵抗をする

二人から四人、四人から六人 警察官がどんどん増える

ご近所の老人たちが騒ぎ出し今すぐにでもここで死にたい

「署の方で詳しい話を訊かせてよ」警察官がタメ口で言う

「このままじゃご実家に連絡するよ」「それは困る」と必死で拒む

任意同行か強制連行か二択で選べと迫られている

「そんなのは脅迫じゃないですか」って十対一でも拒み続ける

「脅迫じゃない!人の命がかかってるんだ!」と言う怒声に負ける

貴重品もスマートフォンもおいてゆく君の素性がバレないように

大勢に囲まれるのは怖いから三人だけの移動を頼む

パトカーも選べたけれど断った自分を小心者だと笑う

泣きながら移動していてふと思う今夜のことは短歌になると

マンションのような造りの警察署 生活安全課に通される

まずボディーチェックをされる同性の華奢で可愛い警察官に

「ブラジャーはしてないんですねごめんなさい」胸もパンツの中も見られる

靴の中まで念入りに調べられ死にたさだけがますます募る

住所、氏名、生年月日、年齢と、訊かれたことに順に答える

身長と血液型と靴のサイズそれって何に必要ですか 
 
無線から事件を告げる声がする飛び降り自殺をした若者も

交代で警察官がやってきて若い巡査が船を漕ぎ出す

「警察官になって何年ですか」逆質問をしてみたりする

「昔、刑事さんと付き合ってたんです」訊かれてもないことを喋って

別室で電話をしてる声がする 母にかけてる 話が違う

母からの電話に出てと指示されるドリフターズのコントのように

西郷どんのことから話し出す母の明るい声に溢れる涙

「直美ちゃんが生き甲斐だよ」と母が言う 何の取り柄もない娘でも

「これは症状だから大丈夫だよ きっとステップアップできるよ」

母だけはいつも味方でいてくれる ただそれだけで幸せなこと

「ひとりでは帰せません」と弟を呼び出す電話の声が聞こえる

弟を待ってる間Sさんが静かに熱く命を語る

「寿命まで生きずに死んだ人の顔はとても険しい顔なんです」と

弟が呆れた顔でやって来て「何してんの」と苦笑している

終電がなくなり始発を待つ間ずっと私を叱る弟

「人間はひとりで生きてるんじゃないみんなで生きてるんだ」と強く

弟とこんなに長く話すのは初めてだなあ 夜明けが近い 

今はまだ家族のために生きてみる 心に傷を抱えたままで