本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

うたの日・お題「後」

八月の最後のバスは走り出し米粒大の祖母に手を振る

 小中学生の頃、毎年、夏休みも冬休みも春休みも、登校日や部活のある日を除いては、母方の祖母の家に泊まって過ごした。
 自宅では、顔を合わせれば父に精神的にも身体的にも虐待される毎日だったから、祖母の家に避難できる長期休暇が待ち遠しくて仕方なかった。
 祖母はいつもとても優しく、私のことを褒めてくれる人だったので、私は祖母のことが世界でいちばん好きだった。
 毎朝、鶏小屋のチャボたちの鳴き声で目を覚まし、産みたての卵を取りにゆき、近所の乳牛の乳搾りもさせてもらって、新鮮な卵とまだほんのり温かい搾りたての濃厚な牛乳の朝食を祖母と取るのは最高の贅沢だったし、庭の大きな無花果の木にはたくさんの実がなって、いつも、夏休みの最終日には、祖母が
「この木ごと直美ちゃんのもんじゃが」
と言って、好きなだけ無花果狩りをさせてくれて、お土産に持たせてくれた。
 祖母の家の前のバス停から、宮崎市内にゆくバスの出ている西都市のバス営業所にゆくバスに乗ると、たいてい乗客は私だけだった。私は後部座席に乗り込み、手を振って見送ってくれる祖母に手を振り返した。祖母は、私を乗せたバスが見えなくなるまでずっとずっと手を振り続けてくれた。だんだん小さく小さくなってゆく祖母に手を振りながら、私は泣いた。
 祖母がいてくれなかったら、私は、自分の存在に価値を見出だせず、ただ暗いだけの少女時代を送ったと思う。祖母の孫に生まれてこられた幸せを、いつも噛み締めていた。