本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

うたの日・お題「美」

最愛の娘が星になってから母の美声の聴こえない家

 

 私の母は高校時代に合唱部だったのだが、ソプラノの美しい声を持つ人だ。話し声も笑い声も歌声も明るく透明感があって少女のようなのだけど、その母が、声が全く出ない失声症になってしまったことがある。

 何度か歌にも詠んできたけれど、私が6歳の時、まだ、1歳になったばかりの妹が、私が目を離した隙に後ろ向きにハイハイをして自分で階段を降りて浴室に向かい、バスタブに溜めていた水の中に飛び込んで溺死してしまうという不幸な事故が起きた。

 私のせいで妹が死んでしまったということはもちろんショックだったのだが、いちばんショックだったのは、生まれて初めて父が泣くところを見たことと、母の哀しみが深すぎて言葉を発することができなくなり、その状態が2週間ほど続いたことだった。

 いつも、優しく私たち子供に話しかけてくれたり、寝る時には絵本の読み聞かせをしてくれたり、料理をしながら鼻歌を口ずさんだりする母の綺麗な声が、家の中から消えた。

 時が経ったら心の傷も癒えるというが、だんだん声も出るようになり、また笑えるようになった母だけど、10年くらい前だっただろうか。従兄弟夫婦の赤ちゃんを寝かしつけていた母が、突然、声をあげて泣き出したことがあった。死んでしまった妹のことを思い出したのだという。ああ、まだ、母の時計は、1984年の7月8日で止まったままだったのだな……と思った。私は、故意ではないけれど、大きな罪を犯してしまい、大好きな母の心に深い傷をつけてしまい、それは、一生許されることではないと思った。