うたの日・お題「旅」
ラケットが欲しい卓球少年は修学旅行と引き換えにした
私の父は、3歳で母を、7歳で父を亡くして以来、親戚中をたらい回しにされて、15歳上の姉が嫁いでからは姉夫婦に育てられていた。
父は、卓球部のエースで、県大会で優勝するほど卓球が上手だったんだけど、自分のラケットを持っていなかった。
どうしてもラケットが欲しかった父は、修学旅行にゆくのを我慢してラケットを買ってもらったそうだ。姉の夫は旅行にもゆかせてくれるつもりだったそうだが、姉夫婦には幼い子供がふたりいて、家も貧しかった。だから、父は修学旅行よりもラケットを選んだ。そのラケットを持ち、姉の子供を背中におんぶして卓球をしてたそうだ。
中学を卒業して就職先に選んだ愛知県のクリーニング屋も、卓球部があると聞いて決めた就職先だった。ところが、それは、どうしても父を雇いたかったクリーニング屋の嘘だった。宮崎から片道切符だけ持って愛知まで出てきた少年に、職場に卓球部がなかったことを理由に帰るようなお金はなかった。父は腹を括って働き始めた。給料の半分を毎月宮崎の姉家族に仕送りをしながら。
幸いだったのは、そのクリーニング屋のおばあさんがとても優しい人で、父は生まれて初めてお腹いっぱいになるまで食事をすることができたそうだ。
もう、真剣に卓球をすることはなかったけれど。