本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

第7回 ベストヒットおとの日♪・33 澄さん

 澄さんのおとの日のお歌は19首ありましたので、3首引きます。

 



色の無い花火が上がるのが見えた闇夜が取り憑く母の瞳に/澄

 2021年3月26日・お題「ヒステリック」

 

 このお歌、どうしてハートを誰も投票していないんだろう?と不思議なくらいに、ものすごいお歌だと思いました。

 

 まず、お題は詠み込まれていないのに、ヒステリックさを感じさせる工夫がちりばめられているのがすごいです。普通は、短歌って一首の中で助詞の「が」の重複があるとすごく声に出した時の響きが耳障りになるので、できるだけ「が」を「の」と入れ替えてみたりして柔らかい響きにすることがあります。ところが、こちらのお歌には助詞として3回、さらに動詞にも1回の計4回「が」が詠み込まれていて、声に出して読むと非常に不穏な感じがするのです。まさに、ヒステリック!

 

 また、「色の無い花火」、「闇夜」、「取り憑く」といった表現も不気味で、それがすべて主体のお母様の瞳を見ると見えるものとして詠まれていることがすごく病的で、お母様はもちろん病んでいるのだろうけど、そのお母様と暮らすことで、主体もまた病んでしまったのではないだろうか?と想像が広がりました。

 

 そして、このお歌で浮かび上がってくるのがお父様の不在です。闇夜になるとおそらくお母様はヒステリックになられて、そのたびに主体は不安になるのだと思うのですが、お父様は仕事で不在なのか、愛人でもいるのか、もしくは離別したり死別されたりしているのか、お母様が病んでしまったのと関係もありそうだし、お母様の症状に怯えている主体を守ってはくれないのだろうという気がします。

 

 歪な母と子の関係をとても詩的に凄味のある短歌にしているのが本当に素晴らしいです!

 

 


面接は言葉で飾るふとたまに伸びていないか鼻を触って/澄

 2021年9月10日・お題「自由詠」

 

 面接中の光景を『ピノキオ』をモチーフにして詠まれたユーモアのあるお歌です。

 

 まず、二句の「言葉で飾る」という表現がすごく的確に面接というものの特徴を捉えていていいなあと思います。

 

 でも、人は自分自身について言葉で飾っているうちについ調子に乗ってしまって、だんだん話がオーバーになったりしがちです。主体は自分がそうなってしまいそうな時には、ふと、ピノキオの嘘をつくたびに鼻が伸びる場面を思い出して、冷静になることのできる人なのでしょう。

 

 決して伸びることのない鼻をたまに触って、しっかり自己アピールできる主体が目に浮かびます。

 

 


孤独にもぬくもりがある真夜中の毛布みたいに引きずっている/澄

 2022年7月11日・お題「真夜中」

 

 孤独って、一般的にはネガティブな意味で使われる言葉ですけれども、このお歌では、そんな孤独にも「ぬくもりがある」と言い切っているのが素敵だと思います。

 

 特に、創作をする人は孤独を愛せる人でないと長時間の創作は厳しいと私も思うのですが、孤独な時って頭の中では決してひとりきりではなく自分自身との対話をしている感覚もあったりして、決して淋しいだけではなくて心地よさを感じることもあると思うのです。

 

 この主体が「真夜中の毛布みたい」と表現している孤独も、きっと主体の心を落ちつかせてくれる心地よいものなのではないかと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第7回 ベストヒットおとの日♪・32 唐草もみじさん

 唐草もみじさんのおとの日のお歌は20首でしたので3首引きます。

 


明日からのキミとボクとの関係の答え合わせが出来た記念日/唐草もみじ

 2021年6月13日・お題「記」

 

 すごく可愛らしくて初々しい恋のお歌です。

 

 まず、きみとぼくの表記がひらがなでも漢字でもなくカタカナのキミとボクであることから、このふたりの若々しさを感じます。

 

 次に、初句から結句の「出来た」までがすべて「記念日」に係っている思いきった構成にも若さが溢れているなと思います。

 

 恋人同士にはいろいろな記念日がありますけども、ここで詠まれている記念日はこのふたりにとって最初の記念日なのでしょう。「キミとボクとの関係の答え合わせが出来た」とあるので、今日までふたりは友達だったのかもしれないし、先輩と後輩だったのかもしれないし、恋愛関係ではなかったのだと思いますが、お互いを好きであることが判明して、明日からは恋人としてお付き合いすることになったのでしょう。

 

 それだけのことをこれだけ遠回しな表現にしたところにこのお歌の工夫があり、詩情も生まれたのだと思いました。

 


あといくらヒモの彼氏に課金すりゃSR(スーパーレア)に進化するのか/唐草もみじ

 2021年10月2日・お題「課金」

 

 他人の不幸を笑ってはいけないんだけど、あまりにもあっけらかんと明るく表現されているので、めちゃめちゃ笑ってしまいました。

 

 このお題でスマホゲームやサブスクなどではなく、人間に課金するという発想が出てくるのが柔軟だなあと感心します。それもとてもストレートに「ヒモの彼氏」という強烈なインパクトのある言葉で、主体が今までずっと彼に貢いできたことが伝えられています。

 

 さらに驚きのあるのが下の句で「SR(スーパーレア)に進化する」と願って、主体は彼に課金してきたのが判明することです。ここでいう進化は、おそらく、彼がヒモの状態から抜け出して、普通の仕事に就くのはぜんぜんレアではないと考えられるので、彼には何か大きな夢があるのではないか?と想像できるのですが、主体はきっと彼の夢はいつか叶うと信じて、自分は働いて応援してきたのではないでしょうか。

 

 この主体に好感が持てるのは、今まで彼に貢いできたことを笑い話にしていること、課金というのは最終的には自分の意志ですることであり、いつまでも進化しないヒモの状態の彼を責めることなく、自分の責任だという自覚が伝わってくるからなのではないだろうかと感じました。

 


淋しさを貪るような仲だから別れは俄雨が似合うね/唐草もみじ

 2022年3月8日・お題「俄雨」

 

 偶然、唐草もみじさんのお歌はすべて恋のお歌を引かせていただいたのですが、1首目がとても初々しい恋のお歌、2首目がとてもユーモアのある恋のお歌だったのに対して、3首目のお歌はとても落ち着いた大人の恋の終わりのお歌です。

 

 まず、「淋しさを貪るような仲」という表現がとても大人っぽくドキッとさせられます。相手のことを愛おしいから一緒にいるのではなく、淋しいから会うふたり。それも貪るというのがすごく生々しく官能的で、愛はなくても性欲だけで繋がっていた関係なのではないかと思わせます。

 

 でも、当然そんな関係をいくら重ねても、心まで満たされることはなかったのでしょう。別れを決意したふたりは、急に降りだしてすぐに止んでしまう俄雨の時を選ぶのです。

 

 お互いに淋しい時だけに会っていた気まぐれなふたりと、俄雨のイメージがすっと重なる、美しい別れだと思いました。

 

 

 

 

 

第7回 ベストヒットおとの日♪・31 安藤みなもさん

 かなり間が空いてしまって申し訳ありませんでした。

 安藤みなもさんのおとの日のお歌は74首ありましたので、3首ご紹介します。

 

 


10年も可愛がってるティファールよ、鈍器を見る目で見ちゃってごめん/安藤みなも

 2021年8月29日・お題「鈍器」  

 

 フライパンを鈍器にしたいというお歌は他にも読んだことがありますが、このお歌は、すごく独特です。

 

 まず、上の句で「10年も可愛がってる」と、まるで後輩などの大切な人であるかのように表現された「ティファール」という固有名詞への呼びかけにすごくユーモアがあり、とても効果的だと思います。

 

 下の句も「鈍器を見る目で」フライパンを見るくらいなので、普通は鈍器で殴りたいくらいに主体を怒らせている人の存在を明らかにするお歌になると思うのですが、このお歌では「見ちゃってごめん」と続き、フライパンとしてのティファールに謝ることで、あくまでも、このお歌の客体をティファールにしていることがとても印象的です。

 

 大切に10年も使い続けているティファールで殴りたいと思ってしまうほどの怒りがあるのに、このお歌が可愛くて面白いのは、主体のティファールへの愛がとてもよく伝わってくることや、怒っている自分を反省していることもあるのでしょう。きっと、物に対してもこういう態度の主体だから、人に対しても愛情豊かに接しているのだろうなという想像も広がるお歌でした。

 

 


存在をほぼ消している佐藤くんだけが気付いた先生のあざ/安藤みなも

 2022年5月22日・お題「藤」

 

 すごくシリアスな内容なのに温かい気持ちになれるお歌です。何故なのでしょうか?

 

 まず、「存在をほぼ消している佐藤くん」の存在を主体はちゃんと認識していること。ただ存在感がないという表現とはちょっと違って、「消している」ということは、たぶん、佐藤くん自身の意思で存在感をコントロールしているのだろうなとも思えるのですが、主体にとっては佐藤くんは目が離せない存在なのではないだろうかと感じます。

 

 次に、そんな佐藤くんだけが「先生のあざ」に気付いたというのです。おそらく、存在をほぼ消している佐藤くんが先生のあざについてみんなに言いふらすとは考えられないので、きっと、佐藤くんも主体にだけは心を開いていて、先生にあざのあることをそっと伝えたのではないでしょうか。

 

 どうして、佐藤くんだけが先生のあざに気付けたのか。ひょっとしたら、佐藤くんにもあざのできるようなことがあったのかもしれないし、佐藤くんの家族に問題があるのかもしれないし、それは佐藤くんが存在を消している理由のひとつなのかもしれないけれど、自分自身も痛みを抱えている佐藤くんだからこそ、敏感に先生の痛みを察知した可能性があるのではないかと思いました。

 

 このお歌が温かいのは、佐藤くんの先生への優しさも、主体の佐藤くんと先生への優しさも二段階で伝わってくるからなのではないかと感じます。このお題でこんなに優しい世界を作ることができて素晴らしいと思いました。

 

 


跡取りが残せたねって褒められて透明な槍で撫でられていた/安藤みなも

 2022年9月26日・お題「槍」

 

 これは結婚も出産も経験した女性だからこそ詠めるとても辛いお歌だと思います。

 

 出産はとても喜ばしいことだし、その子の性別が男の子でも女の子でも主体にとっては命懸けで産んだ大切な可愛い赤ちゃんのはずなのに、おそらく、嫁いだ家の義理の両親か親族の誰かが、本人は悪気なく、主体への労いのつもりで、男の子を産んだ主体に対して

「跡取りが残せたね」

と言ってしまったのでしょう。この言葉は、現代になってもまだ結婚は愛し合うふたりが一緒になるという考え方だけではなく、家と家との結び付きだという考え方も根強く残っていることを感じさせ、主体は自分がこの家の跡取りをのこすための嫁だと思われてしまっていることを知らされて、ショックだったのではないでしょうか。

 

 褒められているはずなのに「透明な槍で撫でられていた」と感じてしまうほどの主体のやるせなさがとてもよく表れていますし、刺そうと思えば人を殺せる槍で撫でるという表現に、ゾクッとさせられます。透明な槍のひやりとした温度や触感までも皮膚感覚や心に伝わってくるのです。

 

 

 

 

 

 

第6回 ベストヒットおとの日♪・30 waka_naさん

 waka_naさんのおとの日のお歌は32首ありましたので3首ご紹介します。

 



スケジュール帳の余白を眺めてはあなたの暮らし想像してる/waka_na

 2021年7月5日・お題「眺」

 

 主体が自分のスケジュール帳の予約を眺めては暮らしを想像しているというあなたに、おそらく主体は恋愛感情を抱いているのだろうなとは思うのですが、このお歌からは主体とあなたの関係は明らかにされていません。

 

 もし、あなたと日常的によく連絡を取りあっている恋人なのであれば暮らしを想像しなくても何をしてたか答えてくれると思うので普通の恋の相手としての可能性はなさそうです。遠距離恋愛をしているけど連絡がマメではない恋人、片想いしている相手、もう別れたけど忘れられない元恋人など、あなたの人物像もいろいろ想像することができるし、ふたりの関係によっては素敵な恋のお歌にも、せつない恋のお歌にも、怖い恋のお歌にも解釈することができるのが面白いと思いました。

 


浴槽はまあるい棺二人して今この時を葬ってゆく/waka_na

 2022年4月15日・お題「浴」 

 

 五右衛門風呂をほとんど見かけなくなった今、丸い浴槽のある家庭はほとんどないでしょうし、ビジネスホテルやシティホテルの浴槽も四角なので、おそらくラブホテルのお風呂に二人で入っている光景でしょう。しかもそれを棺に例えて、二人の時間を葬らなければいけないということから、不倫などの幸せな未来の想像できない恋なのだと思います。

 

 けれど、丸いを「まあるい」と言ったり、どこかこの主体は禁断の恋を楽しんでいるようにも感じられ、小悪魔的です。

 

 お歌全体に大人の色気が感じられて、とてもドキドキしました。

 

 


それまでと違うことばで君だけに話した夜があったはずだよ/waka_na

 2022年12月10日・お題「自由詠」

 

 主体と君の間に何が起こったのかはわからないんだけど、たぶん、主体にとっては納得できないことがあって、なんとか君を説得しようとしているお歌のように思いました。

 

 「それまでとは違うことばで君だけに話した」にもかかわらず、君は主体から心が離れていっているのではないかという感じがします。その夜のことを思い出してほしくて、主体は君に呼びかけているのではないでしょうか。

 

 でも自分を変えることはできても他人を変えることはできないことを思うと、すごくせつない結末が見えているようなお歌です。

 

 

 

 

 

 

第6回 ベストヒットおとの日♪・29 睦月雪花さん

 睦月雪花さんのおとの日のお歌は18首でしたので、3首ご紹介します。

 



身も骨も食べてしまえる人だからわたしの狡さも見ないふりした/睦月雪花

 2022年4月24日・お題「骨」

 

 思わずドキッとしてしまうお歌なんですけど、解釈が分かれそうだなとも思いました。

 

 「身も骨も食べてしまえる」食べ物として頭に思い浮かぶのは小骨は多いけどよく噛めば飲み込めそうなお魚か、鶏肉や豚肉などの軟骨の部分くらいなんですけども、骨まで食べる理由として考えられるのは、いちいち骨を取り除くのが面倒臭いからか、骨まで食べることでカルシウムも摂れるからか、生き物の命をいただくからには骨まで残さずに完食したいからなどなのですが、このお歌の人がどんな理由で骨まで食べるのかによっても、お歌のイメージが変わってくるのが面白いと思います。「食べてしまえる」とあるのも、主体がこの人に対して抱いているのが敬意なのか、それとも引いてしまっているのか、どちらにも解釈できるのも面白いです。

 

 明確なのは、主体が自分の狡さを自覚しているということなんですけど、こういう自分の弱い部分や醜い部分から目を背けずに正直にお歌にできる作者さんに私はすごく好感を持っています。果たして、主体は、そんな自分の「狡さも見ないふりした」人に対して、感謝しているのでしょうか?それとも不信感を持っているのでしょうか?最初から最後まで、ずっと読者が試されているような気持ちになるお歌でした。

 

 


もういない人を星にはたとえない 過去の光にまだしたくない/睦月雪花

 2022年4月27日・お題「別」

 

 亡くなった人が星になるという言い伝えは昔からありますけれども、その人が身近で大切な人であればあるほど心の中にずっと生き続けるので、ものすごく共感できるお歌でした。

 

 特にすごいなと思うのが下の句なんですけども、私たちの目に見えている星の光はすべて過去のものであって、昔の旅人がコンパス代わりに頼りにしていた北極星でさえ、400年前の光を見ているんですよね。だからまだ亡くなった人を過去の光になどしたくないという想いは痛いほどよくわかります。

 

 もしかすると「まだ」とはいうのものの、主体がもういない人を星にたとえる日なんてこの先もずっとないのかもしれないけれど、こういう部分で頑なであること、譲れないもののあることって、大切なことだと思うので、主体にはありのままでいてほしいなあと思いました。

 

 


じゃりじゃりとザラメを噛んだ 傷ついた人がいるから成り立つ平和/睦月雪花

 2022年8月9日・お題「カステラ」

 

 うたの日の管理人のののさんは心から平和を願っている人なので、毎年8月6日は広島、8月9日は長崎、15日は終戦記念日に関するお題を出されているんですけど、この日は長崎のお題尽くしの一日でした。

 

 好みにもよりますが、カステラはザラメの部分があるから食感の違いが楽しめて美味しいと思っている人は結構多いのではないでしょうか。このお歌も、カステラのザラメの描写だけをしていることがすごく効果的だと思います。どう効果的かというと、最初にこの部分だけを読んだ時と、最後まで読んだ時とでザラメの食感の印象が変わるのです。最初はなんて美味しそうなカステラだろう!と思いながら読む人がほとんどではないかと思いますし、私もそうでした。

 

 ところが、一字空けの後「傷ついた人がいるから成り立つ平和」と言い切られることによって、頭を鈍器で殴られたかのようなショックを与えられます。私たちは今普通に美味しくカステラを食べることのできる平和な世の中に生きているけれど、このカステラの生まれ故郷である長崎には原子爆弾が投下されて多くの命が犠牲になり、今もなお被爆の後遺症に苦しみ治療中の方々がいらっしゃる現実を突き付けられるからです。そのことに気付かされた時、最初は美味しそうだったザラメのじゃりじゃりとした食感も、砂を噛んでいるかのような食感のように錯覚してしまうのは私だけでしょうか。

 

 すごく残酷な現実ではありますけれども、戦争を体験したことのある世代の方々もどんどん亡くなり、やがて誰もいらっしゃらなくなることを考えても、このお歌にはすごく大切なメッセージが込められているし、ずっと憶えていたいとも思いました。

 

 

 

 

 

第6回 ベストヒットおとの日♪・28 真崎あやさん

 真崎あやさんは16首のおとの日のお歌がありましたので、3首ご紹介します。

 



あきらめることは正しい流れ星見たような気がしただけだった/真崎あや

 2022年4月14日・お題「流」

 

 自分自身の選択を、それも、一見、前向きではない選択を正しいことだと言い聞かせるのって、ものすごく勇気の要ることだと思います。ここではその選択が「あきらめること」なのですが、日本人はあきらめないことを美徳とする傾向があるので、主体もきっと、長い間あきらめずに頑張ってきたことがあったのではないかと想像できます。それでも、あきらめることは正しいという結論を出すまでにはすごく悩んだのではないでしょうか。

 

 自分が努力するのはもちろん、流れ星を見つけた夜は願いが叶うように祈ったりもしたのでしょう。でも、あきらめることを決めたから、その時に見た流れ星も気のせいだったと思い込むことで、自分の正しさを証明しようとしているのだろうと思いました。

 

 どんなに頑張っても実現できないことも生きていれば必ずあって、その現実をしっかり受け止めることで次の目標に向かって動き出せるということもあります。心から、主体の幸せを祈って応援したくなるお歌でした。

 


泣き止まぬ子になお乳を含ませる母性はときに狂気だろうか/真崎あや

 2022年7月23日・お題「乳」

 

 読んだ瞬間に背筋がぞわっとした、まるで、湊かなえさんの小説の帯の一文にあってもいいくらいの、すごく引き込まれるお歌でした。

 

 赤ちゃんは泣くのが仕事だとは言われているものの、育児をしているお母さんたちは楽天的な考え方のできる人ばかりではなくて、赤ちゃんが泣くたびにどうしたら泣き止んでくれるのか色々試してみても泣き止んでくれずに途方に暮れて、自分を責めてしまう人もいると思います。このお歌の主体もたぶんそんなお母さんのひとりで、泣いている赤ちゃんが母乳を欲しがっているのかと思って授乳しても、泣き止んで暮れなかったのでしょう。それでも、他に思い当たる原因がないから、もっとお乳を飲ませようとするのですが、そんな自分の母性を狂気かも知れないと思ってしまうほど追い詰められているのが伝わってきます。

 

 この主体のようなお母さんが明るい気持ちで育児できるように、悩んだ時に気軽に相談して助けてもらうことのできる環境が整うといいなと思いますし、泣いている赤ちゃんに会えたら幸運が訪れると信じられている国もあるように、私たち日本人も、赤ちゃん連れの親子に対してもっと温かい眼差しを向けることの必要性を感じたお歌でした。

 

 


かつて時給700円を詰め込んで買った車が下取りに出る/真崎あや

 2022年9月24日・お題「バイト」

 

 まず時給700円という金額について考えたいのですが、私が大学2年生だった25年前の歯科助手のバイトの時給が850円だったので、おそらく主体の住んでいたのは、東京以外の地方だったのではないかと思います。決して高くはない時給700円のバイトをしてこつこつ貯金しながら、たぶん、車がないと生活してゆくのが厳しい場所だからこそ、高校を卒業したくらいにすぐ車を買う必要があって、バイト代のほとんどを使わなければならなかったのではないでしょうか。たぶん、それだけでは頭金くらいにしかならなくて、ローンを組んで何年もかけて支払った大切な車なのではないかと思います。

 

 そんな車も買い換えることになって、長く乗ってきた昔の車ではあるけれど状態はよくて、下取りしてもらえることになったのでしょう。

 

 主体の真面目で誠実な人柄までも、一台の車を通して伝わってくるようなお歌だと思いました。

 

 

 

 

 

第6回 ベストヒットおとの日♪・27 空岡邦昂さん

 空岡邦昂さんは31首のおとの日のお歌がありましたので、3首ご紹介します。

 



ちょっとだけ沈黙すればあの頃の初めましてが思い出される/空岡邦昂

 2021年10月9日・お題「黙」

 

 沈黙ってよくネガティブに捉えられがちで、会話が弾まないことはつまらないと思われているからだろうか?と不安になってしまう人もいると思うんですけど、本当に好きな人や心を許せる人と一緒にいると沈黙も心地よいと感じるものだったりします。このお歌からもそんなふたりを想像できます。

 

 ちょっとだけ沈黙することで、いつでも初めて出逢った頃の気持ちに戻れるなんて、とても素敵だなと思いますし、このふたりが夫婦なのだとしても、ずっとお互いに恋をしていられるんじゃないかと感じました。

 

 


僕たちは虚数であった お互いが絡まることでマイナスになる/空岡邦昂

 2022年1月18日・お題「数」

 

 数学は苦手なので、まず、虚数とは何かということを調べたのですが、2乗したときに0未満の実数になる数を指し、その代表的なものが虚数単位「i」で、i×i=-1 となるそうです。

 

 このお歌は、虚数単位「i」に英語の一人称の「I」も重ねて詠まれたものなのだろうと思いました。虚数の「虚」は「むなしい」とも読みますが、このお歌の僕たちからもすごく虚しさが伝わってきます。

 

 おそらく、もうお互いに心は離れていたのに、身体だけで繋がっていたふたりだったのではないでしょうか。愛のない行為を繰り返すたびに虚しさばかりが募ってゆく情景を思い浮かべることのできる、大人の数学短歌だと感じました。

 


もうそろそろ怒り狂って良い頃と考えている鳳仙花たち/空岡邦昂

 2022年8月12日・お題「えて」

 

 個人的に花鳥風月の歌を作るのが苦手なのですが、このお歌は、鳳仙花という花の丁寧な観察の光るお歌で、擬人化にも無理がないし、お手本にしたいお歌だと思いました。

 

 短歌には季語はいらないですけども、季節感のあるお歌というのはやはり素敵で、このお歌の詠まれた8月ってまさに暑さにとても強い鳳仙花の咲き誇る月なのもいいなと思いますし、味が熟して乾燥すると自然に弾けて種が飛ぶ様子を「怒り狂って」と表現されているユーモアも素晴らしいです。

 

 また、これは深読みしすぎなのかもしれないけれど、この鳳仙花たちは、何かにじっと耐え続けてきたけれど、そろそろもう我慢の限界で怒りが爆発してしまいそうな人たちの比喩としても読めると思いました。

 

 きっとこの先、鳳仙花を見ると思い出すお歌だと思います。