本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

第7回 ベストヒットおとの日♪・31 安藤みなもさん

 かなり間が空いてしまって申し訳ありませんでした。

 安藤みなもさんのおとの日のお歌は74首ありましたので、3首ご紹介します。

 

 


10年も可愛がってるティファールよ、鈍器を見る目で見ちゃってごめん/安藤みなも

 2021年8月29日・お題「鈍器」  

 

 フライパンを鈍器にしたいというお歌は他にも読んだことがありますが、このお歌は、すごく独特です。

 

 まず、上の句で「10年も可愛がってる」と、まるで後輩などの大切な人であるかのように表現された「ティファール」という固有名詞への呼びかけにすごくユーモアがあり、とても効果的だと思います。

 

 下の句も「鈍器を見る目で」フライパンを見るくらいなので、普通は鈍器で殴りたいくらいに主体を怒らせている人の存在を明らかにするお歌になると思うのですが、このお歌では「見ちゃってごめん」と続き、フライパンとしてのティファールに謝ることで、あくまでも、このお歌の客体をティファールにしていることがとても印象的です。

 

 大切に10年も使い続けているティファールで殴りたいと思ってしまうほどの怒りがあるのに、このお歌が可愛くて面白いのは、主体のティファールへの愛がとてもよく伝わってくることや、怒っている自分を反省していることもあるのでしょう。きっと、物に対してもこういう態度の主体だから、人に対しても愛情豊かに接しているのだろうなという想像も広がるお歌でした。

 

 


存在をほぼ消している佐藤くんだけが気付いた先生のあざ/安藤みなも

 2022年5月22日・お題「藤」

 

 すごくシリアスな内容なのに温かい気持ちになれるお歌です。何故なのでしょうか?

 

 まず、「存在をほぼ消している佐藤くん」の存在を主体はちゃんと認識していること。ただ存在感がないという表現とはちょっと違って、「消している」ということは、たぶん、佐藤くん自身の意思で存在感をコントロールしているのだろうなとも思えるのですが、主体にとっては佐藤くんは目が離せない存在なのではないだろうかと感じます。

 

 次に、そんな佐藤くんだけが「先生のあざ」に気付いたというのです。おそらく、存在をほぼ消している佐藤くんが先生のあざについてみんなに言いふらすとは考えられないので、きっと、佐藤くんも主体にだけは心を開いていて、先生にあざのあることをそっと伝えたのではないでしょうか。

 

 どうして、佐藤くんだけが先生のあざに気付けたのか。ひょっとしたら、佐藤くんにもあざのできるようなことがあったのかもしれないし、佐藤くんの家族に問題があるのかもしれないし、それは佐藤くんが存在を消している理由のひとつなのかもしれないけれど、自分自身も痛みを抱えている佐藤くんだからこそ、敏感に先生の痛みを察知した可能性があるのではないかと思いました。

 

 このお歌が温かいのは、佐藤くんの先生への優しさも、主体の佐藤くんと先生への優しさも二段階で伝わってくるからなのではないかと感じます。このお題でこんなに優しい世界を作ることができて素晴らしいと思いました。

 

 


跡取りが残せたねって褒められて透明な槍で撫でられていた/安藤みなも

 2022年9月26日・お題「槍」

 

 これは結婚も出産も経験した女性だからこそ詠めるとても辛いお歌だと思います。

 

 出産はとても喜ばしいことだし、その子の性別が男の子でも女の子でも主体にとっては命懸けで産んだ大切な可愛い赤ちゃんのはずなのに、おそらく、嫁いだ家の義理の両親か親族の誰かが、本人は悪気なく、主体への労いのつもりで、男の子を産んだ主体に対して

「跡取りが残せたね」

と言ってしまったのでしょう。この言葉は、現代になってもまだ結婚は愛し合うふたりが一緒になるという考え方だけではなく、家と家との結び付きだという考え方も根強く残っていることを感じさせ、主体は自分がこの家の跡取りをのこすための嫁だと思われてしまっていることを知らされて、ショックだったのではないでしょうか。

 

 褒められているはずなのに「透明な槍で撫でられていた」と感じてしまうほどの主体のやるせなさがとてもよく表れていますし、刺そうと思えば人を殺せる槍で撫でるという表現に、ゾクッとさせられます。透明な槍のひやりとした温度や触感までも皮膚感覚や心に伝わってくるのです。