本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

うたの日の100人の短歌・第4グループ①西藤智さん

 西藤智さんは、ロックバンドのスピッツが大好きだからなのかもしれないけれど、何気ない暮らしを丁寧に描写して共感を呼ぶ短歌を詠むのが上手な方だなという印象があります。スピッツが好きという人はいっぱいいるけど、嫌いって人にはまだ会ったことがないように。
 今年の角川短歌賞でも応募作「満ち潮のこない部屋」が最終選考まで残ったり、NHK短歌にも入選されたりと、ご活躍です。
 うたの日のお歌も好きなお歌がたくさんあったんですけど、特に好きなのがこちらのお歌です。


君なしの日々も上手に生きられる洗濯ばさみはさっき砕けた/西藤智 2018年12月12日お題「いない」


 まず、このお題でこのお歌を詠まれたことがとても素敵だなと思います。
 おそらく、君と暮らしていた主体は、洗濯だけでなく、いろいろな家事を君に任せていたんじゃないでしょうか。君なしの日々も上手に生きられるというのは、実は、精一杯の強がりなのではないか?と思うのが、下の句の情景です。そう、洗濯ばさみって、長く使っているとプラスチックが劣化してきて、砕けてしまうんですよね。でも、洗濯を君に任せていた主体には、そろそろ洗濯ばさみが砕けそうだなということがわからなかったのではないかなと思います。そして、君も、主体にはそんな話はしなかったし、新しい洗濯ばさみを買おうともしなかった。自分はこの部屋を出てゆくことを決めていたから。
 長い間、使い続けていた洗濯ばさみの劣化は、このふたりの関係にも重なるし、洗濯ばさみが砕けてしまったことで、主体はまた君を思い出しています。このお題の「いない」は、たぶん、君がいないということだけでなく、実は、主体は上手に生きられていない、君をまだ忘れていない、と、いろんなことを表しているように思うんです。
 そして、これから新しい洗濯ばさみを買いにゆくことで、主体は君のいない現実をちゃんと受け止めて、新たな一歩が踏み出せるのかもしれません。