本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

第3回 ベストヒットおとの日♪・13 春ひよりさん

 春ひよりさんのおとの日のお歌は61首もあって、すごく選ぶのに迷いました。とても素敵なお歌がたくさんあった中の3首です。



君からの喪中はがきの文面は乱れもせずに凛とたたずむ/春ひより

 2020年11月3日・お題「文」

 身内に不幸があった時に年賀状での挨拶を控えさせてほしいと知らせるために出すのが喪中はがきですけども、まず、主体と君は、インターネットが普及してほとんどの人がスマートフォンを持っている今でもきちんと毎年年賀状のやりとりをする関係だということがわかります。とても仲の良い友人なのか恋人なのかまではわからないけれど、喪中はがきが届くくらいなのでかなり親しいのでしょう。

 その文面が「乱れもせずに凛とたたずむ」とあるので、おそらく、すべて君の手書きなのか、印刷されている文面に添えて主体宛ての文が手書きされているのかのどちらかではないのかと思いました。

 きっとその文字は迷いなく美しく書かれていて、内容も彼の気丈さを感じられるものだったのでしょう。

 主体はそんな君のことを頼もしくも感じながら、いちばん悲しい時のはずなのに主体に頼ったり甘えたりする気配すらないことに、何も力になれることがないと淋しさも感じたかもしれません。

 一枚の喪中はがきから、君の人物像も、主体との関係も気持ちも、想像の膨らむちょうどいい余白のあるお歌だと思いました。



男装の先輩めあてで入部した演劇部にも朝練がある/春ひより

 2021年8月19日・お題「部活動」


 Twitterの短歌クラスタにはかなり演劇経験者が多く、私もそうなんですけど、ひよりさんもそうだったのかなと思いながら読みました。(余談ですが、短歌クラスタには方向音痴の人も多いと言われています。)

 このお歌の主体は男装の先輩めあてで演劇部に入部したとのことなので、たぶん、共学ではなくて女子校なのかなと思いました。

 女子校には男子生徒はいませんし、憧れの異性として見るには男性教師はおじさんだったりするので、ショートカットで背の高いすらっとした女子生徒がいると、黄色い声をあげたり、ファンクラブができたりすることもあります。特に、演劇部で男装をするような女の子は顔も美しいことが多く、それこそ宝塚歌劇団の男役のトップスターを見るような目で注目されたりしますが、このお歌の先輩もそうだったのでしょう。

 ところが、演劇部というのは文化部ではあるけれど意外とハードで、ちゃんと腹式呼吸で発声できるように走ったりもするし、舞台に立つには体力が必要なので筋トレしたり、ほとんどジャージで過ごすような部活です。

 主体も、演劇部の表面的な華やかさと、裏では地道に体力作りをして汗を流していることにギャップを感じたのではないでしょうか。

 でも、ひとつの舞台をみんなで作り上げてゆく楽しさや、上演後の拍手をもらった時の喜びは他の何物にも代え難いものなので、きっと主体も演劇にのめり込んでゆくのだろうなと感じさせます。



感情の放出をしてゆっくりと夕凪になる君のみずうみ/春ひより

 2021年11月5日・お題「君」

 おそらくこのお歌に登場する君は、主体のお子さん、それも未就学児なのではないかと思って読みました。

 まだ幼い子供には善悪の判断ができなかったり、忍耐力がなかったり、大人が言葉で説明しても納得できないことがあったりすると、全身を使って怒りを表明しながら、火がついたかのようにギャン泣きすることがあります。たぶんそんなお子さんの様子を「感情の放出」と冷静に表現されたのだと思います。

 やがて大声をあげて泣いていたお子さんも体力も気力も消耗してしまって、静かになる。でも、それは納得したからではないので、本人はまだ悔しくて、その目にはみるみるうちに涙が溜まったのでしょう。その泣き方は夕凪のように静かであることが下の句から伝わってきます。

 事実だけを書けば、気に入らないことのあった幼子が怒って、泣いて、泣きやんだというだけの平凡な育児記録になるところを、「感情の放出」、「夕凪」、「みずうみ」と美しい言葉で詠むことによって、こんなにも豊かな詩情が生まれるのか!と感激しました。