本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

うたの日の100人の短歌・第5グループ⑨雨虎俊寛さん

 雨虎俊寛さんは、雨虎と書いてあめふらしと読む筆名です。『NHK短歌』の選者としておなじみの江戸雪先生の短歌教室に通われていたり、「のらねこ歌会」という歌会を主催されていたり、精力的に短歌の活動をされています。「のらねこ歌会」のフリーペーパーの名前が「ねこまんま」というのですが、私、昔、自分のBBSの部屋の名前を「ねこまんま」にしていたことがあるくらい言葉の響きが好きで、自分の歌集を出すとしたら『ねこまんま』にしようかと思ったこともあるくらい思い入れのある言葉なので、勝手に親しみを感じています。
 雨虎さんというと、失恋のお歌や職業詠が印象的なんですけど、今回選んだのはこちらのお歌です。


ふたりでも食べきれないとジャムにした瓶の中身はあと少しだけ/雨虎俊寛 2019年6月23日お題「瓶」


 このお歌への評を読んでみると、宇渡一波さんが幸せな恋のお歌だと解釈されていたのですが、読者によって解釈がこうも違うのかと思い、面白かったです。
 というのも、私は、このお歌は、主体が別れた恋人や配偶者を思い出しているお歌ではないかなと思ったからです。
 ふたりでも食べきれないほどの量の果物をふたりでジャムにしたけれど、主体にはそのジャムの瓶だけが手元に残って、一緒にジャムを作った相手はもう側にはいないし、戻ってくることもないんじゃないだろうかという気がしたのです。だから、ジャムの瓶の中身があと少しだけなのが気がかりなんじゃないでしょうか、主体は。このジャムを食べきってしまったら、幸せだった頃のふたりの想い出まで消えてしまうような気がして。
 ジャムの瓶ひとつで、読者の想像力を広げることに成功しているお歌だと思います。