本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

第7回 ベストヒットおとの日♪・35 哲々さん

 哲々さんのおとの日のお歌は97首ありましたので、3首引かせていただきます。

 

 


いつもより半音高い音が出て転調してる君との時間/哲々

 2021年5月7日・お題「調」

 

 恋の喜びを音楽で表現したとても素敵なお歌だと思います。

 

 このお歌からは、主体と君は両想いでお付き合いしているとも考えられますし、主体の片想いとも考えられるんですけど、確かなのは、主体は君と一緒にいる時にはいつもより半音高い音が出ていると感じられることです。それは主体の感覚としてなのかもしれないし、実際に声が半音高くなるのかもしれないけれど、君と一緒にいられることが嬉しくて仕方ないのがよく伝わってきます。

 

 きっと、君との時間にはメジャーコードの明るいラブソングが主体の心の中に流れているのでしょう。

 

 


懐メロをのせた車で僕たちは時間旅行のように話した/哲々

 2022年6月12日・お題「時」

 

 このお題で懐メロを詠み込んで、かつ、「時間旅行」という言葉も詠み込んでいることで、松田聖子さんの隠れた名曲『時間旅行』を思い出しました。作詞が松本隆先生だからか、不思議とこのお歌にも松本隆先生の歌詞っぽさがあって素敵です。

 

 懐メロを聴くとその曲が流行っていた頃の記憶がよみがえり、まさに時間旅行したような気持ちになれますが、これはひとり旅よりも断然仲のいい友達や恋人と一緒の旅の方が楽しめることでしょう。

 

 このお歌の僕たちというのが友達同士なのか恋人同士なのかはわかりませんが、年齢の近い人たちであっても、離れている人たちであっても、その曲のヒットしていた当時に、自分はどんなふうに過ごしていたのかを語り合うのはすごく盛り上がるだろうし、自分とは知り合ってなかった頃の友達や恋人のことも知ることのできるきっかけにもなりそうです。

 

 一緒に時間旅行できる人がいるのは、なんて幸せなことだろうかと思いました。

 

 


あったかい、あったかいって無いものを分け合うように抱きしめあった/哲々

 2023年1月10日・お題「自由詠」

 

 このお歌は恋のお歌として読んでも、家族詠として読んでもとても素敵な心温まるお歌だと思います。

 

 「あったかい、あったかい」

と言いながら抱きしめあうのはたぶんふたりとも寒いからで、季節は冬なのでしょう。ただ冬だから寒いというわけではなく、次の「無いものを分け合うように」という表現で、おそらくふたりは貧しい暮らしをしているのではないだろうかと想像できます。

 

 気温に合わせて気軽に暖房を入れることのできる経済力のあるふたりなら、なんとなく、抱きしめあいながらわざわざ「あったかい」を連呼しないような気がするので、このお歌の場合は暖房を使わずに節約しているんじゃないだろうか?と思うのです。

 

 でも、ふたりはきっと、抱きしめあえる大切な人がいることが何より幸せで、お金や物が足りない暮らしであってもそれを嘆いてはいないのではないでしょうか。

 

 オー・ヘンリーの名作に『賢者の贈り物』という短編小説がありますけども、主人公の夫婦はとても貧しい生活をしているんですが、夫は祖父から父、父から自分に受け継がれた金時計が宝物で、妻はとても美しい髪が自慢でした。でも、クリスマスにお互いにプレゼントを贈りたい夫妻は、妻は髪を売って夫の金時計につける鎖を、夫は金時計を売って妻の美しい髪を飾るための亀甲でできていて宝石で縁取られている櫛を買います。哲々さんのこのお歌のふたりを、思わずこの物語の夫妻に重ねました。

 

 恋愛読みではなく、このふたりが親子の関係であるという読み方をしても、温かい光景が想像できます。

 

 わずか31文字で、とても精神的な豊かさを感じることのできるお歌だと思いました。