本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

第3回 ベストヒットおとの日♪・11 葉月ままこさん

 『NHK短歌』の〆切とか、体調不良などでたびたび延期してしまって申し訳ありませんでした。

 今日のトップバッターの葉月ままこさんにはおとの日のお歌が35首ありましたので、3首ご紹介します。



本当はあなたのことを何年も許せないまま愛しています/葉月ままこ

 2021年2月14日・お題「告白短歌」


 難しい言葉や表現は何ひとつ使われていないのに、お題の「告白短歌」に対して、31文字という限られた音数の中で、さらっと2つの告白をしているところがすごいと思いました。

 あなたと主体がどういう関係なのかは、読む人によっていろいろだと思います。恋人や配偶者かもしれないし、親友かもしれないし、親兄弟かもしれない。愛していますと断言できるくらいだから、すごく心の結び付きの強いかけがえのない相手であることはわかります。

 愛の告白だけなら誰でも思いつく平凡な短歌になってしまうところなのですが、このお歌では、何年もあなたには黙っていた秘密も告白しているところにすごさを感じます。

 あなたから主体は何年も許せないほどの酷いことを言われたりされたりしたんだけど、おそらくあなたの中ではもう済んだことになっていて、主体の本心になどずっと気付いていない様子なのでしょう。でも、何かのきっかけがあって主体は本心をあなたに伝えたくなったのかもしれないし、心の中で思っただけで実際には伝えなかったのかもしれない。

 これがあまり親しくない相手であれば、許せないことがあった時点で簡単に縁を切ることができても、愛している相手となるとそうはいかないのです。ひょっとしたら、深く愛しているからこそ、ずっと許せないのかもしれないと思いました。

 人の感情の複雑さや人間関係の難しさについて考えさせられましたし、愛について自問自答したくなるお歌でした。




控えめに生きた証として母の梅が今年もひっそりと咲く/葉月ままこ

 2022年3月1日・お題「梅」

 梅の花のお歌としても、家族詠としても、しみじみとよいお歌だなあと思います。

 男女平等という思想がかなり広く知られている今の日本でも、女性は生きづらい面のある世の中ですけれど、主体のお母様が若かった頃は、今よりももっと女性は男性を立てるのが当たり前だという考え方があり、特に、結婚して家庭に入るということは、生まれ育った実家に別れを告げて、夫の家で気に入られる嫁になれるよう努めなければならないということを意味していたと思います。

 お母様が妻として母として慎ましく控えめに生活してこられる中で、ガーデニングの趣味がささやかな楽しみでいらしたのではないでしょうか。

 梅は種からだと5~6年、苗木からだと3~4年で成長して実をつけるそうですが、このお母様の梅の木も、お母様が毎日大切に育てられ、お庭で毎年春の訪れを告げるかのように花を咲かせるのだと思います。

 梅には「忍耐」という花言葉もあり、それはお母様の生き方とも重なるのではないでしょうか。「控えめに生きた」と過去形になっているので、もしかすると、もうお母様は亡くなられてしまったのかもしれません。けれど、お母様の梅の花が咲くたびに主体はお母様の生き方を思い出すことができる。

 自分たちの時代と比べると女性として生きてゆくのはもっと大変だったであろうお母様への敬意や感謝まで、梅の香りと共に伝わってくるようなお歌です。




温もりといえばシチューというような月並みな愛を噛みしめる夜/葉月ままこ

 2022年4月13日・お題「温」


 よく短歌では平凡であることが敬遠されがちなんですけども、このお歌では平凡であることの幸せがとてもよく伝わってきて素晴らしいと思いました。

 主体自身も月並みだと考えている「温もりといえばシチュー」という発想は、シチューという食べ物を知っている人のほとんどが思いつくものといえますが、どうしてもシチューでないと嫌だという時もあるのではないでしょうか。

 他人から見たら自分たちの愛はありふれていてドラマチックではないかもしれないけれど、例えば、災害の起こった時、大切な人の身に何か起こった時など、穏やかな気持ちで大切な人を愛せるということは当たり前のことではないのだと思い知らされることもあります。

 平凡であることから逃げずに、平凡だからこそ感じることのできる幸せを生き生きと表現できるのもまた、短歌なのではないだろうかという思いが強くなったお歌でした。