本気子の部屋

短歌、回文、日常を綴ります。

第5回 ベストヒットおとの日♪・25 月城かいんさん

 月城かいんさんのおとの日のお歌は数えた時点で35首ありましたので、3首ご紹介します。

 

縦糸に出逢わなかった私だが生きていますと胸を張りたい/月城かいん

 

 2022年1月24日・お題「糸」

 

 中島みゆきさんの名曲『糸』をモチーフにして詠まれているお歌です。サビの歌詞の中の「縦の糸はあなた 横の糸は私」という部分をもとに、主体の人生について表現されています。

 

 『糸』は確かに素晴らしく感動的な名曲ではあるんですけど、運命的な出逢いのない人生の人だっていて、主体もそのひとりであるというのです。ひょっとしたら、そんな自分の人生を悲観して、生きるのが辛くなってしまうことも主体にはあったのかもしれません。だからこそ、それでも生きていることを誇りに思うことができるのではないでしょうか。

 

 また、このお歌を読んで救われた人もきっといることでしょう。私もすごく励まされました。

 

 

ぼろぼろの靴に空いてるあなだけがつま先のため光を運ぶ/月城かいん

 

 2022年3月8日・お題「光」

 

 しみじみとなんていいお歌なんだろう……と心に沁みた1首です。

 

 穴が空くまでぼろぼろになった靴でも捨てずに履いている主体は、物を大切にできる人であるという以上に、新しい靴を買えるだけのお金がなく、とても苦労しているのではないかと思います。たぶん、そんな生活が続いて、暗闇の中にいるように感じているのではないでしょうか。

 

 それでも主体は、ふと足元を見た時に、靴に空いている穴に光が当たっていることに気付けるのです。どんな絶望の中にいても、かすかな希望を見いだすことのできる心の強さがこの主体にはあります。

 

 このお題で、こんなにも小さな光のことを詠めるのがとても素敵だと思いましたし、自分の努力だけではどうにもならないことで社会的弱者としての生活を強いられているような人たちにどこまでも寄り添った、すごく優しいお歌だと思いました。

 

 

常人比3倍量の“死にたい”をわたしの口が生産してる/月城かいん

 

 2022年9月25日・お題「産」

 

 お題が産まれることを意味している「産」なのに、死について詠まれているのがすごいと思いました。

 

 ここで言う「常人」とは、他人である可能性もあるんですけど、ひょっとしたら、精神疾患になる前のまだ健康だった頃の主体なのかもしれません。常人の頃にも“死にたい”と口にすることはあったのかもしれないけれどそれは数えられるほど少なくて、でも、病気になってしまって希死念慮の症状が出るようになってからは、かなりたくさん死の願望を言葉にするようになったのではないでしょうか。

 

 とても思い内容のはずのお歌なんだけれど読み終えた時に苦しくならないところもすごいと思うんですけども、それはたぶん、主体がすごく冷静に、希死念慮のある自分を観察して、淡々と常人との比較をしている研究日誌のような雰囲気があるからではないかという気がします。「3倍量」という数字も研究日誌っぽさを引き出していますし、客観的な視点なのです。だからおそらく、主体は今すごく辛いのかもしれないけれど、きっと乗り越えられるに違いないという安心感も与えることに成功しているお歌だと思えたのでした。